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日記・コラム・つぶやき

スマートフォン物欲あれこれ

本日、名古屋近郊の実家に帰省しました。途中のルートはほとんど渋滞もなく快適でした。夜はやることもないので久しぶりにネットをさまよって色々と情報を収集していますが、iPhone、Androidを中心とする携帯関係の情報が面白い。

現在、auのケータイ(3年前の機種)で、戻らないキーがあるので(時間がたつと戻っている)、そろそろ買い替えようと思っているところで、自らにとってもかなり切実な問題です。今は、次の機種としてどのスマートフォンにしようかというのが悩み。AndroidかiPhone以外は選択肢から除外しています。やはりこういうのは多数派につかないと・・。

できれば、キャリアはauのままでいきたいところですが…。現在auから唯一Android携帯として出ているIS01は、qwertyキーボードが特徴ですが、なんだか電子辞書っぽくて、あまり欲しいという気持ちがそそられません。今後、auではおサイフケータイ機能付きのAndroid携帯を出していく、というアナウンスをしていますが、そんな機能は使わないし、これまで築いたezwebの課金システムを崩したくないという気持ちが見え見えで、気持ちが萎えてしまいます・・。

欲しい!と思えるのは、iPhone4です。何といってもデザインが秀逸。しかし、これを買うとなると、キャリアをソフトバンクにする必要があり、色々面倒なことが多すぎる・・。

で、調べていたら、iPhone4とだいたい同じスペックで携帯電話の機能(たぶんGPSも)がないだけの、次期 iPod touch(カメラ機能あり) が今月か来月に発表されるという噂を入手しました。

iPod touchなら無線LANが使えますから、自宅(光+無線LAN)では全く問題なくiPhoneと同様に使えるはず。外出中は、無線につながないでも良いと思っていますが、超小型のWiMAXのモバイルルーターが出ているので、一緒に持ち歩けば、比較的安価に(月4000円程度)接続できるはずです。金額はケータイの○○ホーダイなどのパケット定額サービスと変わりませんが、何といっても速さが違います。最近ようやく自宅のある地域がWiMAXの範囲にはいってきたというのも追い風(自宅では使いませんが)。

このモバイルルーターのよいところは、iPadやDSやPSPなどの無線LAN対応の電子機器も出先で同時に使えること。まだiPadもってませんが、このモバイルルーターを買ったら、欲しくなるかもしれません。

どうしようかと色々と妄想はつきません。

少し復活

昨日いきなり読書記録をアップしました。題材が「フリー」ということで、少し特許屋の視点も含めたのですが、久々に文章を書いたところ、なかなか思うような表現ができませんでした。少しずつでも文章を書きながらリハビリをしていく必要があるなと感じた次第です。

twitterは昨年秋からぼちぼちやっているのですが(2件/日程度のペース)、あまり推敲がともなわない、140字のつぶやきでは、垂れ流すだけで思考が深まらない印象を受けています。ただうまく利用している方もいらっしゃるようなので私の利用の仕方が悪いんでしょうが。

いずれにせよ、文章を書くということは自分の考えを明確にして、意識の中に「固定化」するために極めて有効な手段と感じています。今後、上述した「リハビリ」を兼ねて少しずつ書いていきたいと思います。

ブログを書く意味

企業知財部員関係のブログは、いくつかありますが、しばらくぶりに行ってみると閉鎖されている、ということがかなりあるように思います。仕事が仕事だけに、あまり細かい内容を書くわけにもいきません。内容をぼかして書こうとすると、逆に難しくなります。専門的内容だけにコメントはほとんどありません。そういった中で続けていくモチベーションを失ってしまうのかもしれません。

私の場合、「只今療養中」ということで企業知財部員が日常のことをそこはかとなくかきつくっていく、というスタンスでスタートしました。ブログを始めてから約3年、現在では療養生活も当たり前になり、「療養中」という意識も薄くなってきました。現在、毎日のアクセス数は50件前後であり、開始してからの累積アクセス数は50000近くになりました。大多数は検索してやってこられる方が多いようです。多くは、知財検定関係、身障者認定関係、たまごっちの電池交換関係(笑)です。

現在、自分にとって、ブログを書く意味がわからなくなってきています。自分にとって必要なのかどうか。ブログをスタートした当初は、一生「療養中」となってしまったというある意味、人生の転換点を迎えて、考えを整理し、多くのことをブログから得ることができたように思うのですが、今の自分にとって必要なのかどうか?

もし何かこのブログが役立っている、という方がおられましたらコメントやトラックバックなどで教えていただければ幸いです。以前は定期的に来ていただく方もおられたようですが、最近は検索して通り過ぎていく方がほとんどのようですので期待できないかな。

或る日曜の夕方

妻と近所(それほど近くでもない)のカフェに珈琲を飲みに行った。

車で15分ほどのところだが、県境を越えて隣の県にある。娘の友達のご両親が二人でやっている店である。20人も入れば満員になるようなこぢんま りとした店だが、明るい店内、落ち着いた雰囲気、おいしい珈琲、近くにあれば入り浸りになりそうな店である。開店してまだ半年あまりだが、固定客もかなり 付いてきたようで、4割くらい埋まっていた。

中は華やかな柄のトールペインティングの置物がさりげなく置いてあるが、実はこれ、数百万円もするらしい。開店祝いに奥さんが習っているトールペ インティングの先生が貸し出してくれたもの。この先生は、かなり有名な人らしく、空いている時間がほとんどないのだが、妻もこの奥さんのつてで、最近この 先生について、トールペインティングを始めたというつながりもある。

家にいると子ども達がにぎやかで落ち着いて話ができないが、ここでは久しぶりに妻と二人きりでのんびりと話ができた。実は今日は、妻と初めて会った日。もう20年近くになる。出会った当初のことを思い出しつつ、40分ほどとりとめもなく会話を交わした。

珈琲を飲んでいたら、マスターが挨拶に来た。開店直後に来たきり、ごぶさたしていたので逆にこちらが恐縮してしまった。月に一回くらいは妻と立ち寄りたいと思う。

寿司が奈落の底に…

586576689_130_2連休中に家族でくら寿司という回転寿司にいってきました。

くら寿司では、皿の下にバーコードが貼ってあって、これを読み取り、ネタが古くなったら(55分経過後)廃棄する、というシステムを導入していて、これは特許になっているそうです

で、今回座った席は、たまたま廃棄メカが作動している直前でした。子どもたちも食べる手を休めて落ちていくのをずっと眺めていました。もったいないけど仕方がないのかなぁexclamation & question

仕事と家庭と

昨日の子どもの運動会は出勤日でしたが、休ませてもらって運動会の方に出ました。

ちょうど月末最終日であり、実績や予算の提出、自分自身の期限物の〆などで忙しい時期であり、どちらを選択するか悩みました。次男の初めての小学校での運動会、自宅の近くに双方の両親が住んでいるわけでもなく、妻一人で弁当の準備や場所確保、ビデオや写真を撮るのは無理と思われたこと、などの理由から運動会に出ることにしました。

やはり病気をしてから人生観が変わったのでしょうか。仕事と家庭は対立するものではなく、いずれも犠牲にすることは何もないのではないか、と。以前ならば仕事を優先したかもしれませんが、結局、仕事をする目的は、“家族や一緒に仕事をする仲間の幸せのため”だと悟ってから自分としては吹っ切れた思いでいます。互いに相反するものではないので、家族の幸せを選択したからといっても仲間の幸せを妨げることにはならないはず。

今回は、職場のメンバーに“運動会なので休みたいんだけど”と相談して、快く休ませてもらいました。ただ、迷惑がかからないように、前日の終バスまで残業し、さらに当日も朝5時から8時まで仕事をして結果をメールで提出して、すべき仕事は全て終えた状態で運動会に行きました。

確かに、私が欠勤したことで職場の皆にはいろいろと苦労をかけていることと思います。そこで職場の中に不満が鬱積してバラバラになってしまえば、それだけの人間関係しか築けていなかったということ。現時点では理想的とは到底言えないまでも、相手の状況を考えて互いに思いやりをもってカバーし合える関係は築けているように思います。

私が一人で請け負って仕事をしている立場であれば、仕事のために家庭を犠牲にせざるを得ないことも多いものと思います。その点、グループで一緒に仕事をしている、ということで多少不測の事態があっても助けられることが多く職場のメンバーには常々感謝しています。

仕事と家庭は本来は対立するものではないはず。仕事を優先して家庭を犠牲にしているという話は良く聞きますが、本当に仕事が大切なのであれば、それを支えてくれている家族によく話をして理解してもらっているのかどうか。それを放棄して仕事だから、と言い訳していないかと気になります。

仕事も家庭も、両方充実させたい。そのために、犠牲にしてあきらめてしまうよりも、皆が幸せになれるポイントを見つけてそこに力を注ぎたいと思います。

雨の中の運動会

576598519_235_3 今日は子どもの運動会がありました。実は出勤日となっていましたが、休ませてもらって運動会の方に出た次第です。天気も悪く肌寒く、運動会としては、最悪に近いコンディションでした。雨については、昼までは降ったり止んだりしており、何とか最後までいけるかという雰囲気を漂わせながら、昼過ぎの競技が3つほど終了した時点で土砂降りになりました。

これは絶対中止か延期だよな、と思いながら見ていたのですが、一向に止める気配もなく冷や汗、結局、昼食時間を15分繰り上げて、さらに午後の最初の競技であったPTAの綱引きを後ろに回して強行しました。校長が融通が利かない人で^^;、土砂降りの雨の中で子ども達を整列させたまま、最後の挨拶を悠長にしているのには、腹が立ってしかたがなかった、と家内が申しておりました。肺炎にでもなったらどうしてくれる、と。

576776613_98_3 長女も次男もあまり運動は得意でないので、長女は80m走では5人中4位、次男は50m走で4人中3位(ほぼ同着)でした。両親とも運動会で活躍した記憶はないので、妥当な結果と言うところでしょうか‥。

昼の休憩時点では雨もそれほどひどくはなく、運動場の端の方にタープを広げていましたので、その下で家族揃って楽しく昼食を撮ることができました。その他、演技などの出し物も、楽しんでやっているのが感じとれ、子ども達にとっては楽しい運動会だったようです。雨が降って寒かったけど、という注釈付きですが。

明日は雨が降っていなければ、汚れたタープの洗濯と陰干しです。

5月のアクセス記録

記事のねたがないときに良く使うアクセス記録ですが…。

ココログの記録を見てみると、5月は
 アクセス数合計: 1,361 (日平均: 44)
 訪問者数合計: 638 (日平均: 21)
と毎日約20名の方が来られているようです。

私のブログの場合、記事が増えるにしたがって自然とアクセス数が増えてきたようです。自分としては思っていることを書いているだけなので、アクセスが多いほうが良いとも思っていませんが…。

検索してこられている方も多いようなので、どんな情報を求めて来られているのか見てみました。ざっとの分類したものをグラフにしてみます。件数は以下の通りです。

知財特許系      184
心筋梗塞・障害   38
個人特定           31
カーナビ             23
たまごっち          14
GTD                  13
音楽・ピアノ        13
病気症状             6
西郷                    5
その他               16

「個人特定」は適切な用語ではないかも知れませんが、例えば、"只今療養中"とか"pecan 知財"のように直接このブログを探してアクセスしてきたものです。0705_5

やはり知財特許系がダントツです。さらに細かく見てみると、

知財検定                 56(うち1級が29件)
知財一般                 44
データ捏造               35
特許要件・審査対応   20
FI/Fターム検索         16
クレームドラフト           7
審査官                      4
弁理士試験                2

となっています。知財検定のアクセスが多いのは情報不足によるものが多いと推測されます。特に、そのうち半数以上が"1級"という言葉を検索用語に含めており、1級の情報が少ないことが如実に現れているようです。残念ながら、現時点ではこのブログには1級の情報はほとんど蓄積しておりませんので、無駄足を運ばせてしまったかもしれません。一応、次回受けようと思っているので(そろそろインターネットの申し込みの締め切りですね)、いろいろ情報を蓄積していこうとは思っています。

知財一般は分類に困るものが多いのですが、中には「弁理士 知財 転職 給料」とか、「特許技術者の需要」という検索ワードがありました。たぶん就職、転職を考えている方なのでしょう。特に前者は、弁理士が知財に転職した場合どの程度の給料がもらえるか、という意味でしょうね。会社によってはある程度の資格手当(月数万円?)を用意する可能性がありますが、そこから先を望むのならば、自分で実務能力を磨いていただくしかないと思います。現に私の周りにも、弁理士として転職してきた方が結構おられますが、実務能力はピンキリです

ところで、検索ワードとして「特許部門 地味」というのがありました。そんな記事を書いた覚えはないのですが、やはり特許部門は地味ですかねぇ。

心筋梗塞・身障者関係のアクセスも多いです。特に、心筋梗塞(ステント・バルーン等)と身障者(手帳)とを組み合わせた検索が心筋梗塞・身障者関係全体の8割程度であり、心筋梗塞で身障者に認定されるかどうかという情報を求めておられる方が多いようです。これは主治医がどのように判断するかによると考えたほうが良いでしょう。自治体が医者の判断を無視するとは考えにくいからです。

カーナビ系は問題のある検索が多く、半数近く(9件)がデータの不正コピーに関するものでした。きちんと正規品を買いましょう。

たまごっち電池交換に関する記事を一回書いたのが、ロングヒットになりました。買ってからもう1年半になりますが、いまだに娘のたまごっちは動いています。電池交換も約3ヶ月に1回していますので、すでに5回くらい交換したでしょうか。学校に行っている間などに何度も病気になって昇天してしまったようですが、アイテムはずっと引き継がれるようです。記事の中に電池の品名(CR2032)も書いておいたので、出先で電池の品名を忘れてしまったときに、携帯でチェックして買って帰ることができ、助かったことがありました。

その他は以下のとおり、全く書いた記憶のない記事ばかりで、逆に言えば、この意外性が面白く感じられます。

「整理 机 管理職」
管理職の机の上を整理するという情報の検索でしょうか? 私の机の上は汚いので参考にはなりそうにありませんね。

「エコー 陰毛 検査」
「陰毛 一つの毛穴 2本の毛」

コメントしづらいのですが、以前のカテーテル検査のときの記事が引っかかってきているのでしょう。しかし2つめの検索ワードは何でしょうか。一つの毛穴に2本の毛が生えているということでしょうか。気になりますね。

「滋志 読み方」
なんと読むのでしょうか。わかったら教えてください。

「blogの影響による自殺例」
掲示板による自殺例はどこかで見たような気がしますが、blogも同じことですね。この場合、blog開設者が加害者なのか被害者なのかがわかりませんが、気をつけたいものです。

「猫を轢く」
これは書いた記憶があります。飛び出してきた猫を避けようとして人身事故を起こしたケースに対するコメントです。

「VBAオセロ」
これは何だろう。VBAでオセロを作るということでしょうか。Excelのマス目を利用すれば、比較的簡単にできるかも知れませんね。

「90年代のパソコン 大きさ」
確かに90年代のパソコンは大きかったと思いますが、このような漠然とした検索で答えにたどり着いたのでしょうか。気になります。

ブログに文章を書く目的

ココログに書き始めてから、約1年半になります。書くことによって、漠然としている自分の意識を整理することができる、という点が最も役立っているように思います。ただ、読み返すことはあまりないですね。ちょっと気恥ずかしく感じることもありますし、時間の経過につれて、意識自体が変化してしまっていることも多くあります。

頑張ること

そろそろ年賀状の季節です。少し前までは、年賀状に添える言葉として、自分の抱負としては「今年も頑張ります」、年下の人に対しても「今年も頑張りましょう」などと書く場合がありました。しかしながら、最近は「頑張る」ことの美徳よりも、「頑張る」ことによるストレスの問題がクローズアップされるようになってきており、「頑張る」という言葉を安易に使うことに対して、躊躇する気持ちがあります。私自身、管理職になったときに、誰に助けを求めることもなく一人で頑張って仕事を抱え込んで、同時に病気を抱えることにもなってしまいましたし…。

問題の多い「頑張る」ですが、頑張ることがいけないのではない、とあえて反論したいと思います。例えば、サッカー選手や野球の選手がうまくなりたいと願って、頑張って練習して一流のプレーヤーになることをいけないこと、と考える人はいないと思います。

「がんばる(頑張る)」を辞書で調べてみると、「あることをなしとげようと、困難に耐えて努力する」(大辞林)とあります。ただ、努力するだけではなく、“目的を達成するために困難に耐える”という修飾語が付加されています。「頑張る」という言葉は、心の持ち方(あり方)を規定していると感じていましたが、そのイメージは間違っていなかったようです。

よく考えてみると、「頑張る」という言葉を使うに当たって、何に対して頑張るのか、対象を明確にしないで使うことが多いのではないか、と思います。相手が頑張れる対象を持っているのかどうか、ということはあまり考えず、便利な言葉だから、つい使ってしまう。人によって千差万別である「心の持ち方」の部分であるにもかかわらず、一律にただ頑張れと言うことで、相手に必要な助言を与えたかのように錯覚している部分があるのではないか、と感じます。

先に述べたように、スポーツなどの好きな対象を持っている人ならば、頑張る⇒うまくなる⇒さらにやる気が出る⇒頑張る、という好循環のサイクルに入ることが可能だと思います。昨年放映していた「ドラゴン桜」でも勉強の嫌いな学生に対して、勉強の楽しさを教えることによって、頑張りの好循環のサイクルを起こして、東大合格の実力を養成するという内容がありました。

しかしながら、一方では、全く頑張りようのない立場に置かれている人もいます。先日、テレビで放映されていた、「Dr.コトー診療所2006」において、余命いくばくもない癌患者に対して、見舞いに来た人(病状を知らない)が、「頑張って!」と励ましたときに、癌患者が「何を頑張ればいいの」と落ち込んでしまうシーンがありました。また、いじめによる自殺が相次いでいますが、いじめられている本人が頑張ろうとも改善する見込みは少なく、この場合「頑張れ」と指導することは、「我慢しろ」と言っているのと本質的には変わりありません。

私の意見ですが、人が頑張れるかどうかについては、心のキャパシティ(許容量)が関係しているのではないかと感じています。基本的には好きなことについては、このキャパシティが大きく、いくらでも努力でき頑張れます。頑張りの好循環サイクルに入れば、キャパシティがどんどん拡がります。逆に、全く頑張りようのない状況では、キャパシティがゼロに等しく、頑張りを強制すると精神や肉体の病気になってしまうかも知れません。

このキャパシティは、人によって全く異なりますので比較対照することには意味がありません。また、同じ人でも心の持ち方次第で、刻々と大きさが変化しています。今日まで好きなことで頑張れたとしても、今後もずっと続くかはわかりません。好きでやっていることだから無理がきくと感じる場合であっても、ほんの些細な出来事が、堤防に穿たれた蟻の一穴となり、一気に心身にストレスとなってのしかかってきます(私の経験です)。

戦後の復興から高度成長時代、バブル期にかけては、世の中の価値観にそれほど大きなばらつきがなく、頑張ることによって、必ずある程度は報われてきた時代だったと思います。私が記憶しているオリンピックのコマーシャルで、選手がトレーニングしている姿を流しながらひたすら「頑張れ、頑張れ・・・、頑張ればいつの日か…」と「頑張れ」を連呼するものがありました。オリンピックという形態をとってはいましたが、日本全体が「頑張る」という価値観で統一されていた時代だったのだと感じます。頑張るだけではどうにもならなくなってきた現在では、多分あのようなコマーシャルは作られないでしょうが、“とにかく頑張れば何とかなる”という過去の成功体験?が強固に日本人の意識の底に流れているように思われます。

最初の話に戻りますが、頑張ることがいけないのではなく、相手がどのような状況下に置かれているかよく考えることもなく、頑張りを強制することに問題がある、と思います。頑張ることは、精神的な心の持ち方(あり方)に触れるものですので、相手のことを本当によく知った上でなければ、とても恐ろしくて、「頑張れ!」などということはできないと感じます。子どもや部下に頑張れ、という前に、まず相手の話を聞き、相手の立場に立つことを心がけたいと思います(自分に対する戒めの意を込めて)。

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