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2007年9月

仕事と家庭と

昨日の子どもの運動会は出勤日でしたが、休ませてもらって運動会の方に出ました。

ちょうど月末最終日であり、実績や予算の提出、自分自身の期限物の〆などで忙しい時期であり、どちらを選択するか悩みました。次男の初めての小学校での運動会、自宅の近くに双方の両親が住んでいるわけでもなく、妻一人で弁当の準備や場所確保、ビデオや写真を撮るのは無理と思われたこと、などの理由から運動会に出ることにしました。

やはり病気をしてから人生観が変わったのでしょうか。仕事と家庭は対立するものではなく、いずれも犠牲にすることは何もないのではないか、と。以前ならば仕事を優先したかもしれませんが、結局、仕事をする目的は、“家族や一緒に仕事をする仲間の幸せのため”だと悟ってから自分としては吹っ切れた思いでいます。互いに相反するものではないので、家族の幸せを選択したからといっても仲間の幸せを妨げることにはならないはず。

今回は、職場のメンバーに“運動会なので休みたいんだけど”と相談して、快く休ませてもらいました。ただ、迷惑がかからないように、前日の終バスまで残業し、さらに当日も朝5時から8時まで仕事をして結果をメールで提出して、すべき仕事は全て終えた状態で運動会に行きました。

確かに、私が欠勤したことで職場の皆にはいろいろと苦労をかけていることと思います。そこで職場の中に不満が鬱積してバラバラになってしまえば、それだけの人間関係しか築けていなかったということ。現時点では理想的とは到底言えないまでも、相手の状況を考えて互いに思いやりをもってカバーし合える関係は築けているように思います。

私が一人で請け負って仕事をしている立場であれば、仕事のために家庭を犠牲にせざるを得ないことも多いものと思います。その点、グループで一緒に仕事をしている、ということで多少不測の事態があっても助けられることが多く職場のメンバーには常々感謝しています。

仕事と家庭は本来は対立するものではないはず。仕事を優先して家庭を犠牲にしているという話は良く聞きますが、本当に仕事が大切なのであれば、それを支えてくれている家族によく話をして理解してもらっているのかどうか。それを放棄して仕事だから、と言い訳していないかと気になります。

仕事も家庭も、両方充実させたい。そのために、犠牲にしてあきらめてしまうよりも、皆が幸せになれるポイントを見つけてそこに力を注ぎたいと思います。

雨の中の運動会

576598519_235_3 今日は子どもの運動会がありました。実は出勤日となっていましたが、休ませてもらって運動会の方に出た次第です。天気も悪く肌寒く、運動会としては、最悪に近いコンディションでした。雨については、昼までは降ったり止んだりしており、何とか最後までいけるかという雰囲気を漂わせながら、昼過ぎの競技が3つほど終了した時点で土砂降りになりました。

これは絶対中止か延期だよな、と思いながら見ていたのですが、一向に止める気配もなく冷や汗、結局、昼食時間を15分繰り上げて、さらに午後の最初の競技であったPTAの綱引きを後ろに回して強行しました。校長が融通が利かない人で^^;、土砂降りの雨の中で子ども達を整列させたまま、最後の挨拶を悠長にしているのには、腹が立ってしかたがなかった、と家内が申しておりました。肺炎にでもなったらどうしてくれる、と。

576776613_98_3 長女も次男もあまり運動は得意でないので、長女は80m走では5人中4位、次男は50m走で4人中3位(ほぼ同着)でした。両親とも運動会で活躍した記憶はないので、妥当な結果と言うところでしょうか‥。

昼の休憩時点では雨もそれほどひどくはなく、運動場の端の方にタープを広げていましたので、その下で家族揃って楽しく昼食を撮ることができました。その他、演技などの出し物も、楽しんでやっているのが感じとれ、子ども達にとっては楽しい運動会だったようです。雨が降って寒かったけど、という注釈付きですが。

明日は雨が降っていなければ、汚れたタープの洗濯と陰干しです。

読書記録(カラマーゾフの兄弟1)

カラマーゾフの兄弟1(ドストエフスキー著、亀山郁夫訳)(光文社古典新訳文庫)

ようやく1巻を読み終わりました。評判通り、亀山新訳は読みやすく純文学から遠ざかっていた私にもすらすら読めました。ロシア文学特有の複雑な 愛称も一定のルールの下で書かれているため、その面での面倒さはありませんでした。しおりに登場人物の名前が書いてあるので、何度も見直しましたが。

1巻の中では、3人の兄弟と父親との関係が目に止まりました。特に父親のフョードルの自堕落な生活と道化ぶりは実のところ、自分の中にも内在し ている部分であると感じました。また、ゾシマ長老と懺悔する女性との会話で、意識の中では高尚な人類愛に燃えている人が実際は自分の隣人すら愛せないとい うジレンマについて言及している部分がありましたが、これは現在の自分も未解決の問題です。作者が登場人物に人類の色々な類型を代表させ相互のやりとりを 通して、本質をえぐり出そうとしているようにも思われ、この後の展開が気になります。

通勤途中に読んでおり、気乗りがしない日は別の本を読んでいたため、なかなか先に進まなかったのですが、先日業務上の外出で遠出する機会があり、一気に読み終わりました。昨日帰りに駅前のイオンの本屋で2巻をゲットしたので、引き続き読んでいきます。

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