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2006年2月

退院と検査結果の報告

報告が遅くなりましたが、先週金曜日(2月24日)に退院しました。

水曜(2月22日)にカテーテル検査があり、造影剤投与による心臓冠動脈の状態の調査を行いました。前回治療時と全く同じ状態のままであり、再狭窄や新たな狭窄などの箇所は発見されませんでした。

今後は、従来どおりの毎日の投薬と食事療法のほかは、通院の頻度も2ヶ月に1回程度(従来3週間~1ヶ月に1回)となり、新たな異常がない限り、入院を伴うカテーテル検査も不要となります。

どらみさんやこばこのこさんを初め、多くの方々に励ましや情報などをいただいた結果、ほとんど不安もなく検査を終えることができました。心より感謝したいと思います。

ところで、先週の出来事を日記風にしましたので、該当する日付で順次アップします。書くのが遅いため、1回に2日分くらいになるかも知れません。

検査入院記録(入院3日目)

以下のエントリは退院後記憶にもとづいて書いたものです(5月4日記載)
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朝、6時頃目が覚める。巡回に来たナースに心カテ検査の時間を聞いてみると、予定通りならば午後4時頃。ただ、遅くなると午後6時を過ぎてからスタートすることもあるらしい。午前に一組、午後に三組の予定が入っている。午後の一組目が隣のNさんであり、三組目が私である。検査だけなら1時間以内、治療が入ると2時間に達することもあるそうだ。急ぎの患者を先に行うため、何も症状の出ていない私は一番最後に回されたのだろう。昼食は抜くようにとのこと。一日退屈しそうな予感がする。

歩いたときに、鼠径部のあたりに少し痛みを感じた。触ってみると少し腫れているように思われる。今日は心カテの予定なのに、大丈夫だろうかと不安になった。巡回に来た主治医のN先生に診察してもらったところ、毛穴にごみが詰まって腫れているだけであり、カテーテルを挿入する動脈部からは離れているので全く問題ないということ。普段は気にならない程度の痛みなのだが、ナーバスになっていたようだ。「今日はよろしくお願いいたします」とN先生に改めてお願いした。

前回のときは、心カテ自体は特に苦しくはなかったが、鼠径部からカテーテルを挿入した後、足を動かさないように3時間ベッド上でじっとしていなければならないのが極めて辛かった。そのことを考えると落ち着かなくなるので、高村薫の本を読んで時間をつぶした。いつも思うのだが、この作家の文体は読みづらい。

点滴と酸素吸入をするということで10時頃にナースがやってきた。何の点滴かはよくわからないが、血液を固まりにくくするものだろう。明日の朝まで付けたままにしておかなければならないらしい。隣のNさんのところにも同じ点滴のため別のナースがやってきて作業している。“私の場合、Nさんの3時間後に検査を受けるんだから、Nさんの3時間後から点滴をすればいいじゃないか、少なくとも昼過ぎにしてほしい”と思ったが、口には出さなかった。酸素は壁に設けられているバルブから直接鼻につながれ、ナースが流量を調節した。

点滴により片手を拘束された状態で本を読むのはかなり大変だが、高村薫は昼過ぎに読み終わって、今度は大沢在昌に移行。こちらは読みやすい。

今日は妻は午前中にいったん病院に顔を出して帰った。今日に限って色々な用事が入っているらしい。“検査の始まる前に来る”と言っていたが、時間が不明なので午後4時か5時頃になりそうだと伝えておいた。

そうこうしているうちに、ナースがやってきて、時間なので準備するようにとの連絡。時間を見ると午後4時。予定の時間通りである。まだ妻は来ていない。病室の自分のベッドの上で全裸となり、ベッドに寝た状態で体の上に浴衣のような検査着?を羽織るようにかけ、さらに布団を上からかける。何も服を着ないで上から布団をかけられているのと同じであり、極めて心もとない。点滴もそのまま、酸素は5リットル程度のボンベにつなぎなおされた。前回の心カテのときには周囲の様子がよく見えなかったので、今回は眼鏡をかけていても良いか聞いてみたが、金属製のものは身に付けないほうが良いとのこと。残念。

準備を終えると、2人のナースがベッドを押して、心カテを行う検査室(CCU)まで連れて行ってくれた。前回のときもそうだったが、外来患者がたくさんいる廊下をベッドに横たわったまま運ばれていくのは不思議な感覚である。自分が一般の外来患者のときは、ベッドで運ばれていく人を見ると、重病の人だ気の毒に、とみていたのだが、今回もみんなそう思ってみているのだろうか。行く道すがら、目の届く範囲を確認したが、妻が来ている気配はない。間に合わなかったようである。

CCUは、一般の病棟から離れた箇所にあり、日の当たる長い廊下をゴトゴトとナースが押していく。天気が良いせいか思いの外、暖かく快適である。ナースによれば夏は直射日光のせいで非常に暑いのだそうだ。ちょうどいい時期なのだろうか。検査室の前では、ちょうど治療を終えた前の患者が出てきたところであり、入れ替わりで中に入った。

検査台と大きなモニタ四つほど目に入った。歴史のある古い病院だが、このCCUはできてから比較的新しいせいか、建物も設備も新しい。N先生と周囲にナースが何人かいるのが見える。病棟のナースは全員女性だったが、ここには男性のナースも2人ほどいる。患者をベッドから検査台の上に移動させるときなどの力仕事のときに活躍しているようだ。今回の私の場合は、ベッドから検査台の上に自分の力で移動することができるため、特に男性のナースの力を借りる必要はなかったが…。

検査台の上に移動後、全裸で仰向けに横たわった状態でしばらく放置される(苦笑)。ナースが鼠径部に消毒液を塗布。ヨードの臭いが立ち込める。早く終わってほしいと思っていたら、青い不織布を全身に被せられた。はさみで顔の箇所を切り取られ、周囲の様子がよく見えるようになった。よくみると、周囲のN先生もナースも皆同じような不織布の手術着である。検査台の幅がかなり狭く感じ、掴まっていないと落ちそうな感じがする。うまい具合に検査台のちょうど左手の位置に握り棒が設けられており、これに掴まった。右腕に血圧計が取り付けられた。検査の間中、脈と血圧をチェックするためである。

N先生がちょうど右の位置にやってきて、「それでは検査を開始します。よろしくお願いします」という合図で、検査が始まった。ちょうど視界の右隅に壁掛け時計が目に入った。午後4時20分である。

最初に、鼠径部に麻酔のための注射。あまり痛みは感じない。その後、動脈に穿刺を行った。「カテーテルが入ります」という先生の声がするが、何か軽い異物感があるだけで、全く痛みはない。最初気づかなかったが、検査台の上方にはカメラのようなものがあり、だんだんと目の前まで移動してきた。カテーテルの移動に伴って進んでいるのだろう。視界の左隅にモニタが見えるが、眼鏡をかけていないため、詳細な映像まではよく見えない。

造影剤(ヨードらしい)を流すときに、突然体の中から熱いものが生じて、体内を移動するような感覚があったが、これも前回と同じ。N先生の言うがままに、体を右に向けたり、左に向けたり、息を吸ったり吐いたりしながら撮影。ちょうど胃のレントゲン検査のときのような感じである。ただ、バリウムを飲んで横にしたり逆さにされたりするときの苦しさに比べると、極めて楽である。最後に、直径5cmくらいの球体をカメラと体の間においた状態で写真を撮影して終了。後で聞いた話だが、これは心臓の大きさをチェックするための基準(メジャー)らしい。

検査は比較的早く終了した。終わった時間を確認すると午後5時である。だいたい40分というところだろうか。カテーテルを抜いた後、しばらく止血のために穿刺した箇所を圧迫。その後、ガーゼを当てた状態で砂袋を置き、ガムテープのようなものでぐるぐる巻きにされる。止血している間に、N先生が説明を行ってくれた。前回の治療時とほとんど変わっておらず、再狭窄もないため、今回はPTCAなどの治療を行う必要はなく、検査だけで終了するということ。一安心である。

(続きは後ほど)

検査入院記録(入院2日目)

以下のエントリは退院後記憶にもとづいて書いたものです(3月16日記載)
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朝5時半に目覚める。いつもより1時間ほど早いが、睡眠時間7時間でほぼ頭もすっきりしている。廊下側のベッドなので外の様子はわからないが窓の外はかなり明るく、春がすぐ近くまで迫っていることを感じさせる。

同室のSさん、Nさんももう起きておられる気配だが、まだベッド周囲のカーテンが閉まっているため、大きな音を立てないようにゆっくりと洗面所に向かい、洗面・歯磨きを済ませる。
一階に降りて外来待合室の自販機で新聞を購入。病室に戻りお茶を啜りながら紙面に目を通す。民主党は永田議員の偽メール問題で苦境に立たされつつあるようだ。トリノオリンピックは相変わらず結果が出ていない。前回のリレハンメルオリンピックで銀1銅1という結果だったのだから、こんなもんかとも思う。あと残るのは女子フィギュアだけだが、どうせマスコミが騒いでいるだけだろうから全く期待できない(後記:荒川さんがあれほど活躍するとは予想の範囲外でした)。

ガタゴトという音とともに食事を運ぶワゴンを押す音がする。時計を見ると7時少し前。朝食の時間だ。ナースが運んできたパン2個と低カロリーのマーマレード、牛乳だが、これは以前入院していたときとほとんど変わらない。パンは無塩パンという種類のものらしく、ほのかな甘みがある。一般的なパンにおいては発酵過程で塩を加えるため約2%弱の塩分を含んでおり、これを入れないと味や風味が著しく落ちるらしいのだが、舌の鈍い私には全く問題ない。

食事を終えてトレーを廊下においてあるワゴン車まで運ぶ。帰りしな、見覚えのある人が隣の病室に入っていくので、病室の入り口のネームプレートを確認すると、前回入院したときに隣のベッドだったTさんである。私と同年代の方で、腎臓が悪くて2ヶ月にもわたって入院しておられた。私が退院する一週間ほど前に数値が良くなったということで退院していかれたのだが…。また悪くなったのだろうか。
部屋に戻るとNさんとSさんが雑談している。病気のことから政治、家族のこと、どこぞのパチンコで12万円勝った話…。自分のベッドに横たわってうつらうつらと聞くともなしに聞いていた。

9時頃、朝の回診で主治医のN先生が来られた。女性の心臓内科医である。女性の年齢はよくわからないが30代半ばといったところだろうか。前回治療を受けたときの主治医がレジデントで外来診療の担当医ではないため、このN先生に引き継いでいただいたのである。N先生には身障者手帳の取得では大変お世話になっており、いつもこちらの言うことに真摯に耳を傾けて下さるので感謝している。今日と明日の予定を話していかれた。今日は検査とカテーテルのための剃毛の予定。検査は心エコー検査とトレッドミル心電図検査である。

10時頃、ベッドで本を読んでいたところ、心エコー検査に行くようにとの連絡が入る。2Fの生理機能検査室に行ったところ、外来患者で非常に混んでいたが、すぐに名前を呼ばれ、心エコー検査に入った。横向きに寝たまま心臓周辺に超音波プローブを当て、心臓の様子を観察する検査である。プローブを胸に当てるのだが、ところどころ痛みを感じる場所がある。気のせいなのだろうが、何か気持ち悪い。

心エコー検査が終わって病室へ帰ろうとしたところ、トレッドミル心電図検査も受けていってください、とのこと。主治医のN先生の立会いのもとで検査を開始した。壁際にベルトが動く健康器具のようなものが設置されている。これがトレッドミル検査の機械である。上半身裸になり、電極と血圧計を取り付けた状態で、ベルトに乗り、先生の合図でベルトが動き始めた。健康器具でこんなの有ったな、と思いながらベルトの上を歩く。思ったよりも動きが早く、かなり大股に歩く必要がある。途中でベルトの速度が上がり、次の段階ではベルトの前方が上方に持ち上がり、ちょうど上り坂のような状態になる。横でN先生がモニタに映し出される心電図を見ているが、異常があるのかどうかはわからない。数分に1回血圧計が稼動するのだが、最初は120-80くらいだった血圧が150-100くらいまで上がる。脈拍もだんだんと上がり当初90くらいだったのが150くらいに達した。以前退院したときに脈拍が100以上になるような運動は避けるように言われていたが、大丈夫かな、などと思っていたが、胸の苦しさもなく、最後までついていくことができた。“もう終わりましょう”というN先生の合図でだんだんとベルトがスローダウン。準備されていた汗拭き用のタオルで汗をぬぐう。久しぶりに気持ちの良い汗をかいた。
電極を付けたまま安静にして座って状態を保つ。運動後、どの程度で元の状態に戻るか調べるのである。モニタを眺めていたところ、脈拍が面白いように下がっていくのがわかった。脈拍はどうやって測っているんだろう。原理的には2回測定すればその間隔から1分間の脈拍がわかるはずだが、誤差が大きいからやはり数回測って平均しているんだろうか。などととりとめなく考えていたところ、脈拍が100を切り、検査が終了。

病室に戻ったところ、ちょうど向かい側のベッドに入院した人がおり、夫婦で挨拶していかれた。40代後半くらいの方であり、何処が悪いのかよくわからないらしいが体が全く食事を受け付けないということで、点滴から栄養を補給している。

昼食後、本を読んでいたところ、ナースが剃毛のためかみそりを石鹸を持って現れた。鼠径部からカテーテルを導入するため、あらかじめ鼠径部の陰毛を剃っておく必要がある。この病院では通常は右足の付け根の部分からカテーテル挿入を行うが、うまくいかなかったときのため、左足の付け根の鼠径部も同時に剃毛する。ナースとはいえ若い女性の前で下着を下ろすのは気恥ずかしいのだが、“どこに住んではるんですか?”とか、色々話しかけられ、雑談しているうちに済んでしまった。絶妙である。私の次に、隣のNさんのところに行って剃毛していたようだが、同じく“どこに住んではるんですか?”との質問が聞こえてきた。毎回この技を使っているに違いない、と確信した。

夕方、入浴を終えて帰ってきたところ、妻が着替えや新聞を持ってきていた。ちょうどよいタイミング。入浴で出た洗濯物を持ち帰ってもらうことにした。妻とのんびり話をしていたところ、今日の昼の心エコー検査とトレッドミル心電図検査の結果についてN先生が説明に来られた。心エコー検査では、心臓の一部が動きが悪くなっているがこれは以前と同じ、またトレッドミル心電図検査では異常はないということであった。明日の検査を見るまではハッキリわからないが、悪くなっている兆候はないということで、少し安心した。妻も安心して帰っていった。

夜、薬剤師が来た。現在服用している薬について説明するためだが、私が自分の薬の名前と効能を全て知っているのを知り、驚いていた。というか、自分の飲む薬を知っておくことは当然のことだと思うのだが…。バイアスピリン、レニベース(エナラプリル)、アムロジン、ラシックス、タケプロン、シグマート(ニコランマート)。この半年間飲み続けた薬である。さすがに薬価までは覚えていないけれど。
ところでカテーテル検査の前には眠れなくなる人もいるらしく、睡眠薬を1錠置いていった。前回のときも今回も睡眠薬は必要なく、ぐっすりと眠ることができた。

検査入院記録(入院1日目)

以下のエントリは退院後記憶にもとづいて書いたものです(2月26日記載)
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長男が8時過ぎに登校、風邪が治りきっていない長女は一日休ませることに。一緒に通学している友達が来たので、先生への連絡帳を渡す。妻が次男を保育園に連れて行っている間に、荷物を完全に整理。前回の入院時の経験を振り返りつつ、スリッパ、シャンプー、スプーン、箸、紙コップ、水筒などを準備。“何で昨日のうちに完全に準備しておかないの?”と妻に文句を言われながら完了。

車に全て荷物を詰め込んだ後、私の運転で9時半過ぎに出発。長女は留守番。途中の道は比較的順調。10時頃病院に着くが、駐車場の行列のため、なかなか入れない。入るまでに10分ほどかかる。

荷物を妻と二人で運びつつ、内科の受付で入院手続のための用紙を提出すると、入院の前に検査が必要、と思わぬことを言われる。先に入院の手続を済ませて、荷物を病室に置いてからにしたいのだが…。でも、決まりでダメなのだそうだ。公立病院は頭が固い。留守番中の長女を気にしつつ、妻に荷物の番を任せつつ待っていてもらうことに。

検査は、血液検査・尿検査・心電図検査の3つ。検査待合は外来患者であふれており、なかなか順番が回ってこない。結局、全て検査を終えるまでに1時間半。検査結果をみて入院するかどうか判断するのかと思いきや、検査終了と同時に入院手続の用紙を渡され、入院手続用の窓口で手続。これでは先に検査をする意味が全く不明。先に入院手続をしても変わらないじゃないか、全くお役所仕事だ、と妻と憤慨。

入院手続終了後、病棟まで案内してもらう。ちょうど半年前に入院していた病棟なので構造はよく知っている。エレベーターで7階まで上がり、ナースステーションの前に来たところ、ちょうど前回の担当ナースのHさんが待っていてくれた。あらかじめ連絡が行っていたのだろう。Hさんは、詳細な年齢は不詳だが30代半ばのベテラン。前回大変お世話になった方なので、また今回も担当だといいなと思っていたが、残念ながら今回は別の方らしい。

病室は4人部屋。部屋に行ってみると、先客は2名。1名はちょうど私が来る少し前に部屋に来たばかりらしく、家族と一緒におられた。Nさんという70代の男性。正月頃から狭心症の発作に悩まされ、カテーテル検査のスケジュールが空くのを待っていたらしい。残りの1名は数日前に入院されたSさんという60代の男性で、脈拍が30台/分まで下がってしまったため、ペースメーカーの手術をするのだそうだ。初対面の私や私の妻に向かって、ペースメーカーのような機械を埋め込んでまで生きていたいとは思わない、と盛んに愚痴をこぼされる。私も妻もどう言ってよいのか困り、ただ話をうなずいて聞くだけ。
ところで、NさんもSさんも私が40代前半で心筋梗塞をわずらった、と聞いて驚いておられた。最近若年層に心筋梗塞が増えていると聞くが、一般的にはそれほど身近ではないのかも知れない。

荷物をセットし終わるころ、昼食を運んできた。鯖の水煮。この病棟は循環器系で心臓や腎臓を病んでいる人が多いためか、脂肪分と塩分を徹底的に制限した食事が多いように思う。退院当初は妻もこのような水煮を作ってくれたものだが、最近はあまり食べた記憶がないなあ。留守番をしている娘が気になるので妻には帰ってもらう。

午後は持ってきた本の中から、心臓病の入門書に一通り目を通した。これはどらみさんに紹介されて買った本である。初心者でもよくわかるように図をたくさん使って説明されている。明日検査予定のトレッドミルや同室のSさんのペースメーカー手術など初めて知る内容も多く、大変勉強になる。

病院の購買に行って水分補給のためのペットボトル入りの飲料を購入した。ついでに濡れティッシュとボンタンアメも購入。この購買は土日営業しておらず、夕方4時で閉まってしまうので大変不便。公立病院はこれが限界かな。コンビニが近くにあればいいのに。

ところで、この病院はナースが数人のグループを作って患者のケアをするシステムになっており、検温や血圧測定に来られるナースの方々も大体は半年前にお世話になったかたがたばかり。皆私のことを覚えており、その後お元気でしたか、と声をかけてくれるのがうれしい。ただ、担当ナースとなったOさんという方はいっこうに現れない。誰だろう。

夜は9時消灯。自宅では12時を回ることも多いので、なかなか寝つかれない。高村薫の小説を読んでいたところ、だんだん眠くなり、気づいたら枕もとの電気をつけたまま、11時を回っていた。歯を磨いて寝る。

検査入院記録(入院1日前)

以下のエントリは退院後記憶にもとづいて書いたものです(2月26日記載)
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前日の土曜日に長女が熱を出したため、日曜の午前中にやっている近所の個人病院に行ったところ、インフルエンザの検査で陰性だったとのことで一安心。喉からくる風邪だろうとのこと。
夜になって入院の準備を開始。洗面用具、ティッシュ一箱、妻が持ち帰って洗濯してくれることを見込んで着替えは2日分と少なめに。病院内は入院中の部屋着としてはパジャマも考えたが、検査のため頻繁に外来患者と同じ待合室に行くことを考慮してトレーナーとジャージで過ごすことにした。入院中に読む本も準備。どらみさんの本心臓病の解説書。ミステリーもの2冊(高村薫大沢在昌)、4、5年ほど前のベストセラーで、それぞれ新本で買うと3000円を超える金額になるが、ブックオフの100円コーナーで買ったので210円。
入院にあたり、カテーテル検査の同意書、薬アレルギーがないかどうかの問診票など3、4種類の書類に記入捺印。途中で疲れたので寝る。

入院2日前

今月もバタバタしているうちに残すところ10日をきってしまいました。今度の月曜日より術後半年の検査のために1週間ほど入院します。

入院の前に済ますべきことを済ましておこう、と思い、今月は人が絡むこと(事務所への依頼、発明者への質問の投げかけや原稿チェック依頼)をひたすら毎日やっていました。来年の予定立案や研修もありましたし、部下からもクレームドラフトの質問がかなり。

ところで、先日、泊りがけの研修があったため、重い荷物を持って電車の乗り継ぎを行っていたら、みぞおちの辺りに重苦しい感覚、ちょうど前回梗塞になったときの感じを思い起こさせるようないやな感じになりかけました。最近は歩いていても息切れがひどいです。もしかしたら、まずいかも…。再検査で再狭窄になっていてもショックは受けないぞ、とひそかに決意しています。

娘との連弾の初レッスン

以前少し書いたかも知れませんが、子供の通っているピアノ教室でGW中に発表会があり、娘と連弾でサティの「おまえが欲しい」を弾く予定です。

私のピアノ歴については、まだ書いたことがありませんでしたので、ここで触れておきます。小1~3にヤマハ音楽教室、小4~中3に個人レッスンを受けました。最終的には確かツェルニー40番とバッハのインヴェンションの途中、全音ソナタアルバム(下)の数曲、ハノン終了(したっけ?)くらいです。中3の終わり頃に勉強が忙しくなってレッスンを止めました。

大学の頃は友人とバンドの真似事をしてギター(大学になってから覚えたので下手の横好き)やキーボードでコードを弾いていましたが、社会人になってからはプッツリと途絶えていました。長男が幼稚園のときにピアノを習いはじめカシオの電子ピアノを買ったのを契機に、また自己流で弾き始めました。

レッスンで習っていた先生が古典派ばかり(中1~3まで毎年発表会はベートーヴェンのソナタでした)だったので、その反動か、ロマン派が多いです。指も動かなくなりましたので、ゆっくり目の曲を選曲して、週に1回か2回のんびりやっています。ペースとしては1年に一曲暗譜するくらいでしょうか。昨年はショパンの夜想曲 op.9 No.2を暗譜しました。こういう有名な曲はあらが目立ちやすいので、誰かに聞かせるためではなく、自分でこっそり弾いて悦に入るためのものです(笑)。ところで、この曲は全音のピアノピースではE(上級)となっていますが、どう考えてもB(初級上)かよくてC(中級)程度だと思います。全音の難易度はあまり当てになりませんね。

連弾の話に戻ります。長男と長女の通うピアノ教室の先生がピアノのレッスンに積極的に連弾を取り入れており、発表会のうち1/5くらいは連弾になっています。子供にとっても、他の人の演奏を聞きながら自分の音を合わせていく連弾にはソロとはまた別の楽しさがあるようです。ただ、親子の連弾(とくに親父との)というのはあまりないようで、今から2年ほど前に長男とモーツァルトの交響曲第40番を連弾で弾いたときには、子供が通う同級生のご両親の方々にかなり驚かれてしまいました。

さて、昨日、娘のレッスンについていき、この曲を初めて先生の前で弾きました。まだ私自身1月になってから暇を見て弾き始めましたので、7割程度しか仕上がっておりません。また、娘とも自宅で一緒に合わせて練習したのは2回程度。そのうち一回は娘が間違って覚えている箇所があったので注意したところ、自分が正しい、とか先生にこう習ったのだ、とか強固に主張して泣いてしまったりなどして、きちんと練習できていない状態でした。そういう状態でしたら、発表会も近いのに全然練習できていなくて、先生から怒られたらどうしよう~、とどきどきしながら(心臓に悪い)、レッスンに向かいました。

案の定、何箇所かうまく弾けない部分があり全体としてはぼろぼろの出来でした。この曲は3つくらいの主題からなっており、有名な第1主題の箇所はCMでもよく使われており、娘と合わせるのも容易です。ただ、その他の主題についてはあまり聞き慣れませんし、シンコペーション(と言っていいのかな)が多用されており、娘のパートとの絡みがどうも掴みづらくて、昨日の練習も何度も立ち往生してしまいました。ただ先生からは怒られることもなく(まぁ、父兄に対しては怒ることはないのですが)、“まだまだ時間があるから大丈夫ですよ”と励まされて帰ってきました。

3 そこで、“まずは聞き慣れなければ”、と思い、本日CDショップに行って、この曲の入ったCDを探したところパスカル・ロジェの演奏が見つかりました。連弾ではありませんが、まぁ似たようなものだろうと思って買ってきました。夕方から繰り返し繰り返し聞いております。ようやく感じがわかりかけてきました。さあ、本番まであと3ヶ月、がんばります。

知財高裁:キヤノン・インクカートリッジ事件判決に思う

昨日、知財高裁の大合議で、キヤノン vs リサイクル・アシスト の判決が出ましたね。判決の詳細は多くの方々が解説して下さっているので、ここでは触れませんが(というか、ダウンロードして印刷はしたものの、技術的な事項が非常に多いためとばし読みした程度です(苦笑))、解説記事を読む限りでは、キヤノンの特許戦略のうまさが光っているのではないかと感じました。

判決文によれば、特許権が消尽しない2つの類型として、

  • 第1類型
      製品としての本来の耐用期間を経過してその効用を終えた後に再使用又は再生利用がされた場合
  • 第2類型
      第三者により特許製品中の特許発明の本質的部分を構成する部材の全部又は一部につき加工又は交換がされた場合

の2つを挙げ、そのうち、今回のリサイクル・アシストの実施は第2類型に該当すると見なしています。

第1類型に該当しない理由は、「インクをすべて消費した後でも,カートリッジ部分はまだまだ使用できる」ためです。これに対して、カートリッジの向きが変わってもインクが外部に漏れないようにする工夫や、インクを含浸させるスポンジをカートリッジ内に複数収めることでインクの壁を形成する工夫などを挙げ、これらを実現するために充填する一定量のインクが「発明の本質である」と見なし、第2類型に該当するものとしています。

以下、想像を交えた感想です。

基本的に特許の裁判は、相手の主張に対して言い返すための記載が元の明細書にどれだけ含まれているかが重要です。通常は、インク・カートリッジの発明であれば、カートリッジの機構に重点を置いて明細書を作成するでしょうから、消耗してなくなってしまう「インク」が特許発明の本質的部分を構成する部材である、等と主張し得る内容を含むような明細書は、なかなか作れないのではないでしょうか。というか、そういう発想はなかなか出てこないと思います。

キヤノンは一つの発明をあらゆる角度から眺めて、特許網を築くのに長けています。キヤノンが本当に守りたいと考えている技術については、なかなか穴が見つからない、という話を良く聞きます。この出願がなされた平成11年当時、既にインク・リサイクル業者がかなり出てきていたものと思われますから、このようなリサイクル業者の侵害態様を予想して、このような「インク」に重点を置いた出願をうったのかも知れません。

いずれにせよ、特許により事業を守るという観点から見ても、極めて学ぶところの多い判例であると感じます。

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