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PC懐古録(その1)

今日は懐古趣味に走って、PecanとPCとの関わりについて記憶をたどってみたいと思います。

Pecanがコンピュータなるものと初めてかかわりを持ったのは、かなり昔です。そのまえに背景について少し触れておきましょう。

小学生の時は理系少年で、小学校中学年の時に買ってもらった電子ブロックでエレクトロニクスにはまりました。で、当時名古屋の近くに住んでましたので、大須の電気店街に出かけては、部品を集めて、単球ラジオ、レフレックスラジオ、スーパーヘテロダインラジオ等を作りました。AC100Vに触れて感電したことは数知れず。愛読誌は「子供の科学」から始まり、「ラジオの製作」(通称ラ製)、「初歩のラジオ」(通称初ラ)。だいたいは雑誌に載っていた実体配線図を見ながら作っていました。さすがに、回路図から実体配線を起こすのは子供には難しい。「子供の科学」以外は廃刊になってしまったようで残念です。

小学校6年の時にアマチュア無線の電話級をとりました。コールサインはJE2***(一応匿名にしとく(笑))。6m(50MHz帯)でデビューしたもののこれはあまり面白くなくて長続きしなかった。よく覚えているのは、自分のコールサインを相手のコールサインよりも先に言ったか何かで相手の大人にマナーがなってないと怒られたこと。その他、リグ(無線機の業界用語;TRIO製でした)のニッカドのバッテリーの調子が悪くてすぐに切れてしまうなど、あまりよい思い出がありません。

さて、ここからコンピュータとの関わりについての話になります。

中学に入ってからは、しばらくエレクトロニクスの世界から離れていましたが、中三のときに、併設の高校の学園祭を覗いてビックリしました。人間がコンピュータとオセロを対戦している! これは自分にとって極めて衝撃的なことでした。当時、NECがTK-80というマイコンを出したことまでは知っていましたが、中学生の小遣いで買えるような金額ではない(9万くらい)ので、あまり興味はありませんでした。ラ製などの雑誌に載っている画面でも、今でいえばPCIボード程度の大きさの回路基板に電卓のような16進キーと表示管が搭載されているだけ。プログラムも表示管を思いのままに点灯させるなどという愚にも付かない(当時のPecanの感覚)ものばかり。

それがどうでしょうか。この学園祭の高校生はTK-80ではない別のワンボードマイコン(今から思えば多分Lkit-16)を駆使して、グリーンモニタ上にオセロゲームを表示していました。ただ、表示させるだけではなく、人間と対戦しているという事実、あのおもちゃみたいな機械が「考えている」という事実にもの凄く興奮しました。まさかこれほどのことができるとは…。

そして、対戦が終わったときに、おもむろにフラットケーブルでつながれたジャンクのようなキーボードで画面のわけのわからない表示(アセンブラだったか、Tiny-Basicだったか?)で命令を書き換え始めたのです。なんて格好いいんだと、うっとりしました(笑)。今から思えば、オタクに惚れたようなものでしょうか。

その日から愛読誌は、「マイコン」「I/O」「RAM」の三誌に変更。ただ、コンピュータは今のように必需品ではなく、単なる道楽のようなものですから、すねかじりの身ではとても親に買って欲しいと言うこともできません。高校に進んでからももっぱらプログラムを考えるのは机上で。プログラムの検証のため、学校の帰りに大須に寄っては、NECのBit-INNでTK-80BS、別の電気店(カトー無線)のデモ機の日立のベーシックマスターL2を閉店までいじっていました。大学へ進学するモチベーションは、自分のコンピュータを手に入れるということがほぼ全て。Pecanの親父さんもその辺をうまく見抜いていたようで、大学に入ったら好きなコンピュータを買ってやると暗黙の了解ができておりました。受験勉強後、大学に合格し、当時最新(でもないけど)のNECのPC-8001を買ってもらいました。

その後は省略しますが、実際に自分が所有していたPCは、

PC-8001 → PC-8801(無印) → ここで約7年ブランク → PC-9801LX4 → PC-9801ES2

と続きます(95年夏まで)。大学に入ってからは、他にいろいろとやることが見つかりましたので、高校時代に考えていたほど、コンピュータに熱中したわけではありません。もし熱中していたら…。きっと、ITの世界で有名人となっていたかも(笑)

なお、ブランク時もクラブ活動などでかなりPCを使いましたし、研究室では、それまで手書きがあたりまえだった卒論をワープロ(一太郎ver2)で書いた第一号になりました。社会人になってからも、研究者の頃は測定器を制御するプログラム(DOSの時代はN88-BASICかTurbo-C、WindowsになってからはVisual Basic)を組んだりしていました。最近ではExcelやWordの作業が多いので、VBAでマクロを組んだりすることも多いです。先日、意見書を自動化するなどとほざきましたが、あながち夢物語ではないと思っています。

ここまで読まれた方はいないかも知れませんが、もしいるとすれば、おつきあいいただきありがとうございました。PC懐古録(その2)では、DOS/V以降の関わりを懐古します(そんな言葉ないって?)

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